『ACACIA』アントニオ猪木の圧倒的な存在感
辻仁成(50)の最新作『ACACIA(アカシア)』が現在公開中だ。アントニオ猪木(67)が映画に初主演したことで話題になっている作品である。親に見放された少年とその少年を預かった元プロレスラーの交流を描いたヒューマンドラマ。東京国際映画祭ではコンペティション部門で紹介され、高く評価された作品がようやく公開された。
本作の主人公は、元覆面プロレスラー「大魔神」。圧倒的な存在感を放つこの主人公を演じられるのは、アントニオ猪木しかいない。そう思って出演を依頼したところ、一切演技経験のなかった猪木は「いろいろなことにチャレンジすることは面白い」と出演を快諾した。映画を見てみるとわかるが、本作のアントニオ猪木は素人とは思えない名優の域に達していると言ってよく、まるで長年俳優としてキャリアを詰んできた人であるかのようにメロウな芝居を見せている。少年の服を繕うシーンも、少年に怒鳴るシーンも、その佇まい、声、アントニオ猪木だからこそ出せる味がある。
これに先だって5月31日(月)に行われたプレミア試写会において、辻仁成は、猪木について「フランス人の友達が映画を見てくれて、猪木さんのことを古い俳優だと勘違いしていました。黒澤映画や小津映画に出ている人かと思われて、マルチェロ・マストロヤンニくらいの俳優だと思われたようです。猪木さんはいつもくだらないギャグを言ってますけど、映画の中ではすごく真面目なので安心して見られます。猪木さんは、シナリオも離さず人のいないところで勉強していました。猪木さんが男泣きするシーンは大事なシーンでしたが、奥の部屋で感情を込めていて、これは絶対泣くなと思いました。猪木さんの横顔のシワだったり、色々なものがにじみでていました」と振り返った。
猪木は「監督にバカヤローと言われないようにがんばりました。嘘泣きはできないから哀しいことを考えて本当に泣きました」と語りながら、隣に立っていた子役の林凌雅(11)に何度もパンチを浴びせておどけていた。辻監督は「凌雅くんはあがったりしない天才的な子でオーディションのときからずば抜けていました。問題なのは猪木さんで、猪木さんを凌雅くんがひっぱってくれた感じです。猪木さんのセリフを削っては凌雅くんの方に回していたので、猪木さんから”どうして今日、俺のセリフないんだよ”と言われたこともあります」と話していた。
舞台挨拶にはEVERY LITTLE THINGの持田香織(32)も登壇した。辻仁成が作詞作曲した主題歌を持田香織が歌った。辻はこの映画には持田香織の声が必要だと感じていたといい、持田に会うなりすぐに歌ってもらったという。この日、持田は初めて人前でこの映画の主題歌をライブで披露した。横で聞いていた辻は「圧倒されますね。気がついたらじわっとしちゃって。歌って心を揺さぶる力がすごいですね」と感動しきりであった。
辻は「離婚だったり親が死んだことを考えて家族についての映画を撮りたくなった。今の家庭に足りなくなった父性を描きたかった」と本作について語っている。本作を見て、猪木の姿に父親の姿を重ね合わせる人も多いだろう。また、北村一輝演じる腹話術師にも父親像が投影されているが、北村の演技にも深みがあって良い。役者ありきの映画。見終わった後、じわじわと感動がこみあげてくる映画である。
『ACACIA(アカシア)』はビターズ・エンドの配給で現在公開中。(文・澤田英繁)
2010/06/14 1:52