塚本晋也監督がカルトSF『鉄男』を語り尽くす夜
4月30日(金)、ギャラリー「PUBLIC/IMAGE.3D」(池尻大橋)にて、『鉄男 THE BULLET MAN』のトークイベントが行われ、塚本晋也監督(50)と、プロデューサーの谷島正之、講談社「完全鉄男」編集の嶋津善之の3名が歴代『鉄男』についてたっぷりと90分語り合った。
『鉄男』は1989年に初代作品が公開。塚本が製作・監督・脚本・美術・撮影・照明・編集・特撮・出演のすべてを自らこなし、圧倒的なビジュアルセンスで注目され、本人もびっくり、ローマのファンタスティック映画祭でなんとグランプリに輝いた。92年には続編が作られ、その当時、「次回作はアメリカ映画になる」と噂されていたが、それから18年の時を経て長年の構想が現実になり、『鉄男 THE BULLET MAN』となって完成した。
何もかも全部自分でやってしまう塚本監督のそのこだわりぶりとマニアックな映像センスは、アレハンドロ・ホドロフスキーばり(といってもわかる人はいないか・・・)。映画祭から出世した経緯もあって、これまでの作品はほぼ全て映画祭に出品してきているが、今作では世界で最も歴史あるヴェネチア映画祭のコンペティション部門に出品するという気合いの入れよう。今回は全編セリフが英語。主役はアメリカ人。グローバルな視点から常にパイオニア精神で日本映画の歴史を変えて来たアスミック・エースの谷島プロデューサーが製作しているとあって、塚本監督も今回はかなりでっかく出た。塚本本人が敬愛するロバート・デ・ニーロにも注目されて本人との対面も実現。先日来日したギャスパー・ノエ監督も「僕等はみんな何年もこれを待っていた」とコメントを寄せた映画である。現にこの日は客席が立ち見で溢れるほどの盛況ぶりで、マニアから老若男女幅広い層のファンが訪れ、スタッフの予想をだいぶ上回っていたようだ。
トークショーでは『鉄男』がいかにして生まれ、今回の新作の完成に至ったかなど、笑えるエピソードも交えて90分間語ったが、まだまだ本人は喋り足りない感じだ。
学生時代は青春とは縁が無く、金という金をフィルム代に注ぎ込んで来たと語る塚本監督は、今回の新作も基本的に自主制作という形にこだわった。しかし気がつけば有り金が全部なくなっていたそうで、これが成功しなければ次が作れないという学生かよとつっこみたくなる、そんな塚本監督のハングリー精神が映画を生き生きとしたものにしているのだなと思わせた。その証拠に、田口トモロヲも「この普遍的で奇跡のごときパッション&愛情を受け止めて」と応援のメッセージを送っている。
大ヒットした『アバター』に話題が及ぶと「『アバター』はこの映画の250倍の製作費がかかっていると聞いて、たった250倍かと思った。俺の映画も良い線行ってるなと。逆に言えば250倍のお金で『アバター』はよく作れたなと思った」と語り、場内の笑いを誘っていた。
『鉄男』誕生の経緯については、「20年も前なので思い出せませんが」と前置きしつつ、「SFホラーという形をとってますが、最初はエロ映画を作ってもんもんとしたものを描きたかったんです。当時はビデオのバブル期で、ビデオ屋に行くと、チープなSF映画が棚の中に分量を占めていたので、自分の映画も置いてもらえるかなと思いました。タイトルは『悪魔の毒毒鋼鉄人間』にして、『悪魔の毒毒モンスター』と間違えて借りてもらえて愛されるようになるかなと、すごく志が低かったんです。当時はマイケル・ジャクソンが『スリラー』を撮っていて、『狼男アメリカン』が流行っていて、本当は自分も最初は鉄の狼男になるという感じで絵コンテを描いたんです。満月の夜になるとチンコがドリルになって回るという設定で。でも狼男の造型が難しいということで、人間でいいやということになった。それを『ギニーピッグ』の会社に買ってもらったんです」という秘話について明かした。しかし猛スピードで町を駆け抜けるシーンでは、後々よく見ると主人公が細い道をやたらと丁寧にぬって突き進んでいたことに気付き、苦笑していた。最新作では主人公は弾丸となってビルの間を飛ぶ?ことになるが、ここは塚本監督、CGは使わずに、手作りで描いてみせている。
92年には『鉄男II』を発表。これにもこだわりがあって、塚本監督は「サスペンスアクションを作りたいと思っていたのですが、まだ鉄に未練があったので、サスペンスアクションを鉄でやろうと思ったのです」と明かした。『ゾンビ』のジョージ・A・ロメロばりに自ら創造した怪物にとりつかれた塚本監督は、小説版『鉄男』(講談社から5月21日発売予定)も書き下ろしてしまった。実は過去に『鉄男』の漫画版も描いたことがあったそうだが、出版社に持って行っても、ぱらぱらっと見てすぐに「映画頑張って」と突き返されたそうだ。イベントスペースにはそんな塚本が描いた設定資料も展示され、熱心なファンの関心を集めていた。
なんといっても『鉄男』の最大の魅力は音響であろう。普通効果音や音響といったらリアルさを追及して作られるものであるが、塚本映画の場合は違う。リアルさよりも音の躍動を荒々しく表現していることにある。いかにも映画の音を作りましたと言わんばかりの手作り感あふれる音を意識させるところが妙にかっこいい。今回の最新作では初の5.1chサラウンドサウンドで制作。出演者の息づかいが聞こえて来る迫力あるサウンドになった。本作は耳が痛くなるくらいスピーカーの音をあげて上映するいわゆる「爆音上映」の興行も予定している。
そして最大の話題は、ナイン・インチ・ネイルズが音楽を担当していること。奇跡の実現である。塚本とナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーは微妙に接点があった。といっても本人に直接会ったこともなければ電話で会話したこともなく、ただのFAX友達だという。過去、ナイン・インチ・ネイルズのミュージッククリップを監督するかというときに、トレントに送ったFAXの用紙がたまたま電話の後ろの棚の隙間に落ちて本人が気付かずに実現しなかったという苦い思い出があったり、MTVのロゴ映像を作ったときにはナイン・インチ・ネイルズの曲を使ったのにジングルをかぶせられて顔向けできなくなったり、そんな紆余曲折があったらしい。実は今回も別の音を入れてすでに映画は完成していた。ベネチア映画祭に出品したときも「コンペティションに出品する前に曲を送ってくれなければ採用しないよ」とちょっとおどしていたのにも関わらず、それでも曲はできなかった。しかし、公開の準備ができた4月になってから突然ぬるっと曲が送られてきて、急遽完成品を作り直して、ナイン・インチ・ネイルズの曲で上映することになった。谷島プロデューサーは「ナイン・インチ・ネイルズみたいに売れっ子になるとこういうルーズなことがまかり通るんだなと思いました」と笑っていたが、無事サントラにもこの新曲がまるまる収録されることになり、塚本も「変な曲を送られたらどうしようと思ったけど、ぴったりの曲で安心しました。ちゃんと映画を見て映画にあった曲を作ってくれた感じでした」と嬉しい表情を見せていた。
『鉄男 THE BULLET MAN』はアスミック・エースの配給で、5月22日(土)からロードショー。(文・澤田英繁)
2010/05/03 9:27