歴代『時かけ』一挙上映「時かけ映画祭」開催
2月27日(土)、新宿にて、歴代『時をかける少女』の中から1983年版、2006年版、最新作2010年版の3作品を一挙上映する「時かけ映画祭」が開催され、2006年版と2010年版で主演を務めた仲里依紗(20)、2010年版を監督した谷口正晃(43)、1983年版を監督した大林宣彦(72)、そして原作者の筒井康隆(75)が舞台挨拶を行った。
ゲストによるトークショーと抽選会が1時間、3本の上映が6時間。合計7時間を超える長丁場のイベントでありながら、映画祭のチケットは完売。劇場には83年当時に『時かけ』で青春を謳歌したファンも子供を連れてきており、大林監督は「こうして筒井さんと並んでいると遥か遠くからケン・ソゴルになって戻って来たみたいですが、皆さんも同じみたいですね。皆さんも27年、時をかけてきたのかな。そのことがまた『時かけ』を生んだのかなと思うと快挙ですね」と嬉しそうに客席を見渡していた。
『時かけ』はテレビドラマも含めると8度映像化されている。筒井先生は「私にとっては”金を稼ぐ少女”です。映画化されるたびにばんばん金が入ってくる。でもまだまだ『伊豆の踊子』には負けます」と話していた。これまでヒロイン役は、原田知世(83年版)、南野陽子(85年版)、内田有紀(94年版)、中本奈奈(97年版)、安倍なつみ(02年版)が演じてきたが、仲は2回続けて主演する快挙を成し遂げた。
仲は「最初はすごくプレッシャーだったんですけど、最初に初めて『時をかける少女』を知ったきっかけがアニメの声優をやったときだったので、それからすごく『時をかける少女』が好きになって、またいつかお仕事できたらいいなと思っていたので、自分はすごく嬉しかった反面、2回連続でヒロインをやるということで、『時かけ』ファンの方はどう思うんだろうかと、”こいつがまた2回やってるよ”みたいな感じで思わないかなと(会場笑)、そこが不安だったんですけど、2010年版は素敵な作品だったから、がむしゃらにやりました。ヒロイン像としては、おニューな感じになっていて、原田さんとアニメ版の自分を足して2で割った感じになってます。普通の子なんですけど、普通がやっぱり一番難しいんですね。人それぞれ普通の捉え方が違うと思うし、それが皆さんにどう映るかプレッシャーだったんですけどがんばりました。10代最後の、まだ髪の毛にキューティクルがある頃の(会場笑)仲さんをぜひご覧下さい」と自作を紹介した。
1983年版は時代を作った作品だった。2006年版は名作との呼び声も高いアニメだった。ここに来て、またあえて実写でやろうというのは、ある意味無謀な冒険だったかもしれない。しかし前回と同じキャストでやってみることにしたのは英断といえるだろう。これが長編デビュー作となった谷口監督は「2010年版のテーマはどういう新しいヒロインを描けるかだと思った」と振り返った。相当なプレッシャーもあっただろうが、映画の出来栄えについては大林監督も「オマージュというよりはパロディですな。仲君がいいんですよ。私は泣きながら涙が出て来ました」と太鼓判をおすほどで、1983年版、2006年版に劣らぬ傑作になっている。2006年版では主人公は和子の姪ということだったが、2010年版は和子の娘が主人公となり、母親の高校時代にタイムリープして恋に落ちるストーリーになっている。
本作はSFであり、「SF作家はみんなそうでしたけど、まだ大人の人はSFとか知らなくて、SMと間違えたりしてたから(会場笑)、何かSFの面白さを知ってもらおうと思って一生懸命書きました。子供の頃は書き方もわからなくてずいぶん悩んだ記憶があります」と筒井先生は言う。2010年版では、70年代を時代背景にもってきて、SFオタクの映画監督を相手役とし、いたるところにSFのオマージュが捧げられている。
3本一気に見ることで、それぞれの違いもはっきり見えてきて、とても意義のある映画祭だったと思う。1983年版はとにかく原田知世の演技が見どころ。お世辞にもうまいとは言えないのだが、彼女にしか出せない不思議な魅力がある。2006年版は、クロースアップがほとんどなく、引きの映像が多いことが特徴。オリジナリティも強いが原作の本質を殺していない。アニメならではのミラクルの入った作品。2010年版の大きな特徴は、男性視点から見られるということだろう。いきなり茶髪の美少女が降って来てそこから共同生活が始まるなんて素敵すぎるシチュエーションは男にはたまらないものがある。冬の貧乏アパートでコタツで寄り添って寝ていても互いに指一本触れない。雨の日の相合傘というあまりにも古風な演出が、そこに当たり前のようにしっくりと画にはまっているのは見事の一語。そういう意味では歴代『時かけ』の中でも男性として最も胸がキュンとなる切ない一本になったのではないかと思う。
最後に、大林監督は、イベント中、原田知世、角川春樹の裏話や製作の意図について詳しく語っており、これは実に興味深いスピーチだったので、ここに引用しておく。
「27年たったから裏話をしますとね、これは原田知世という少女だったんです。角川春樹さんが新人を募集したんです。優勝した人は別の人でしたが、その中に一人混じっていた知世という少女に春樹さんがベタ惚れしまして、”大林さん、あの子はいいでしょう。実は僕は知世を嫁にしたいんですけど(会場笑)、僕と知世との年の差を考えるとそりゃいけませんよね。せめて息子の嫁にしたいんですけど、これはやっぱり当人の意見もありますし、いけませんわな。それじゃあ、女優にはならないと思うんだけど一本だけ記念に映画を撮ってやりたいんですよ。尾道で一本知世のための映画を撮ってくれませんか”と頼まれました。『転校生』も角川さんは気に入っていたんですけど、原作が角川じゃなかったので角川ではできなかった。それで”出版物はうちのものでお願いします”といって持ってきたのが『時をかける少女』だったんです。題名がいいなと思って、内容は読まないで題名だけで映画化を決めちゃったんです」
「どういう内容にするかはもう決まってました。角川春樹のようなおじさんが純粋な少女に恋したらどうなるか。そういう殉愛映画を作ろうと。これは時代の映画じゃないですね。大正ロマンチシズム。そういうものを作ってやろうと思ったんです。それはあまりにも純粋すぎてとても叶わない恋で、少女があまりにも過敏に恋に殉じてしまったので、これは幸せなのだろうか不幸なのだろうか、その極みを描くことで、私がシラノ・ド・ベルジュラックになりまして、春樹さんの思いを知世に伝えるラブレターを書いてあげようと思ったのです。世の中辻褄があうもので、私はこれは『伊豆の踊子』に匹敵する恋の物語だと思ってたんです。先ほど筒井さんから『伊豆の踊子』の話が出たので仰天しました。つまりこれは永遠の恋の純文学です。純文学とは余計な説明なんかしなくても読者の想像力で色々な形でまるで恋愛のように受け止めてくれるもの。100人の読者がいれば100通りの物語になる。私は筒井さんの本質はそこにあると思っています」
「『ある愛の詩』という映画がありました。フランシス・レイという音楽家がアメリカに呼ばれてね。これが世にも古色蒼然とした恋物語なんです。これを私はニューヨークの五番街で見ましたが、映画館中でみんなが笑うんです。だってベトナム戦争の真っ最中にあんなスイートな映画を真面目に見られる時代じゃない。みんなでゲラゲラ足を踏みならして、笑いながら見て実はみんな涙を流していたんです。これが大ヒットしたお陰で、10年間くらいアメリカ映画になかった"I love you."というダイアローグが戻って来たんです。日本では良心的な映画と言われましたが、アメリカではあれは失われた殉愛を爆笑して見ながら、もう一遍あの時代が戻ってきたらいいなという切実な願いで見て大ヒットした。この構図を『時かけ』でやってみたらどうかと。あの時代は薬師丸ひろ子みたいに、いわゆる猫背タイプのつっぱった少年少女がいた時代。そこに原田知世が背筋をのばして”ありがとうございます”という。これはギャグですよ。みんなゲラゲラ笑ってくれて、どこか心で泣いてくださった」
「当の原田知世が数年経って言いました。”大林さん『時かけ』って何だか良い映画だったみたいですね。不思議ですね。あの映画は変な女の子がロボットになったみたいで、こんな女の子が世の中にいるわけないと思っていたら、皆さんが良い映画だとおっしゃってくれました”と喜んでくれました。でも知世も女優としては二度と『時かけ』には近づきたくないという思いもあると思います。そういう苦行の映画でもあった。27年前でも決してない、バカにされるような古風な古風な殉愛物語でしたけど、皆さんが涙をもってこの映画を愛してくださったことに喜びと誇りを持っています。これが映画の力。こういう映画が愛される限り日本も世界も大丈夫だなと思います」
2010年版『時をかける少女』は、3月13日より、スタイルジャムの配給で全国ロードショー。(澤田英繁)
2010/03/02 0:51