タランティーノのエッセンスが凝縮『イングロリアス・バスターズ』

『イングロリアス・バスターズ』ジャパンプレミアにて

クエンティン・タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』を見た。これは今年一番の傑作候補かもしれない。タランティーノの待ちに待った新作の登場である。

思えば『キル・ビル』がヒットしていた頃、「次回作はブラッド・ピット主演」というニュースが流れたとき、本当に夢みたいな組み合わせだと思ったものだ。いったいどんな映画になるのかと心待ちにしていたが、ついに映画は完成。日本でもいよいよ今月20日からの公開が決定した。公開に先駆け、先日東京国際フォーラムで行われたジャパンプレミアには、タランティーノ監督と主演のブラッド・ピット、ヒロインのメラニー・ロランと、日本在住で映画にも少し出ているジュリー・ドレフュスが来場した。

アメリカではタランティーノの作品としては最大のヒットを記録しており、日本が一番最後のプレミアとあって日本贔屓のタランティーノは特別な思いでプレミアに参加していた様子である。マスコミの注目度も高く、会場には150以上の媒体が取材に押し寄せた。この盛況ぶりは映画イベントとしては恐らく『ベンジャミン・バトン』以来。いずれもブラッド・ピットの主演作というのが味噌だ。ブラピのネームバリューの凄さに改めて驚かされる。

会場には映画のイメージカラーにちなんでイエローのカーペットが敷かれた。タランティーノは千葉真一からもらったという和服風の衣装で登場し、気さくにファンの声に応え、サインに応じていた。ご存じのように一度スイッチが入ると止まらない性格だが、サウンドバイツ中もマシンガンのようにインタビューに答えている様が遠目にもうかがえた。

『イングロリアス・バスターズ』は第二次世界大戦中のドイツ占領下のフランスを舞台にナチス殲滅作戦について描いた映画。ヒトラーなど実在の人物が登場するが、内容は完全なるフィクション。ナチスという食材を使ったタランティーノシェフご自慢の創作料理といった感じの作品である。それまでのタランティーノ映画に見られる巧妙な話術、いかしたBGM、バイオレンスシーンなど、そのエッセンスが良いとこ取りで詰まっており、最高傑作と言う宣伝句もあながち嘘ではない出来栄えである。ブラピは本作ではバスターズと呼ばれるナチス殲滅特殊部隊のリーダーを演じており、メラニー・ロランはナチスに家族を殺され復讐を誓ったフランス人の美少女を演じる。ドイツ人、フランス人、アメリカ人、イギリス人と、各国の登場人物が複雑に絡み合うところはタランティーノ映画の真骨頂。

戦争映画には『シンドラーのリスト』のように反戦的な意味合いを持つ作品と、『大脱走』のように男たちの活躍を描いた作品に二分されるが、『イングロリアス・バスターズ』は徹底的に後者の見どころにこだわった感じ。だから見終わった後、物凄くかっこいい映画を見たような気になる。腹を抱えて大笑いする場面ももちろんあるが、根本的にシリアスドラマ路線を貫いているところが新鮮。タランティーノがまじめに映画を作ったらこんな大河ドラマができてしまったという感じだ。5つの章に分けて描かれ、最後に登場人物が一堂に会するクライマックスはまさに映画娯楽のダイナミズム。ヒトラーを笑い飛ばした痛快さはチャップリンの『独裁者』以来か。

驚くのは、ほとんどのシーンが会話だけで描かれていること。登場人物の会話だけでここまで手に汗を握らせる監督も滅多にいない。ブラピは舞台挨拶中に「タランティーノの映画はセリフが洗練されている。後は血みどろのシーンがあることだね」と作品の魅力を分析していたが、まさにその通り。ほとんどがセリフ。そこに時折バイオレンスが加味されて、鬼気迫るスリリングな映画になっている。英語・フランス語・ドイツ語入り乱れてのセリフの応酬はそれまでのタランティーノ映画を凌駕する迫力。中でもドイツ軍の大佐を演じるクリストフ・ヴァルツは今年一番の名役者といっても過言ではない。物腰こそ柔らかだが、こいつが惚れ惚れするほど怖い。あとはメラニー・ロランの美しさ、他の映画とは別人のようなダイアン・クルーガーの存在感、本当にタランティーノは役者の魅力を引き出すのが巧い。

タランティーノの映画の魅力を一言で語るなら、それは多分「映画愛」なのではないだろうか。『キル・ビル』を見ていても映画好きなんだなあとつくづく思わせるが、これはむしろそれ以上。タランティーノが嬉しそうに映画を作っている姿が目に浮かぶ。その熱気がスクリーンを通して伝わってくるから心に響くものがある。登場人物が映画館主だったり映画評論家だったり、ポーラ・ネグリ、ダニエル・ダリューなど、セリフの中にも戦時中の人気スターの名前が雨あられのように出てきて、その映画ウンチクの数々はクラシック映画ファンなら思わずニヤリとさせられる。タランティーノのすごいところは、そういうマニアックな趣向が全く独りよがりにならず、オリジナリティを持ちながらも万人受けする内容になっていることだ。

なお、本作は公開から4日間、映画が面白くなかったら料金を全額返金する前代未聞のキャンペーンを実施する。これは日本だけの企画だが、タランティーノは「やってやろうじゃないか」と二つ返事でOKしたという。配給は東宝東和。11月20日(金)からTOHOシネマズ日劇他にて全国公開だ。(レポート 澤田英繁)

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2009/11/08 23:31

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