宇宙人の地球報告書、フレデリック・ワイズマンの作品を見る。

「モデル」

東京渋谷のユーロスペースで、フレデリック・ワイズマン監督の作品特集が開催されている。
この10月には、同じく渋谷のBunkamura ル・シネマで、ワイズマン監督の「パリ・オペラ座のすべて」公開が控えている。

ドキュメンタリー関係者にとっては高名なワイズマンだが、ワイズマン作品未見でどういう監督かと思っている方も多いかもしれない。

フレデリック・ワイズマンとは、1930年生まれの、現在も旺盛に作品を作り続けているアメリカ現役最大の映画作家だ。

作品はドキュメンタリー、そして音楽も字幕も入らないノーナレーションの独特なスタイルを貫いている。

彼の作品の対象は主に、アメリカ社会にある各種の組織とそこで働く人々だ。しかもワイズマンは弁護士や大学教授のキャリアも持っている。
となると、その映画は社会の矛盾を告発したり、政治的なメッセージを伝えるものと思われるかもしれない。
そうではないと言うつもりはないが、何よりもワイズマン映画は、映像の力と編集の冴えがみなぎっている映画であることが特色だ。

だから、ワイズマンの映画を見ていない人に、ワイズマン映画はどんな映画ですかときかれたら、
地球のことを何も知らない宇宙人が、地球上で人間がやっていることを見て驚いて、それを宇宙にいる仲間に見せるために撮っているような映画です、と答えたいと思う。

ワイズマン監督自身、自分の映画づくりについて、こんなふうに言っている。
「私にとって常に重要なのは、私の映画が私がその映画を作って学んだものを表現していることであって、事前に持っていた考えをただその題材に当てはめるのではない。その映画のできあがった結果 に何らかの意味で自分でも驚くことがなければ、映画を作る意味なんてないと思うね。自分の映画は、自分が知らない現実を知るために撮っていると言っているので、そう言ってもいいのではないかと思う。」
(山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局 発行 documentary box 12号より)

例えば「モデル」という映画を見る。
これは1980年にニューヨークの一流モデル事務所で働く人々と、そこを訪れるモデル志願者たちや、彼らの働く撮影やファッションショーの現場を撮影している映画だ。

でも、映画の画面にはそういう情報を伝えるナレーションや字幕は一切ない。
冒頭、9・11で破壊されたあの貿易センタービルの2つのビルディングがあるマンハッタン島の遠景が写る。
さんざんアメリカのニュース映像をTVで見た今の我々は、そこがニューヨークであることにすぐ気がつくけれど、ワイズマンはまるで、この地球という天体にこういう格好の建物が建つ町があって、そこではこういう車ってものが走っていてね、という具合にニューヨークを写す。
そこに、こういう人たちがいるんだよ、というように。

これを見るのが宇宙人だったとしたら、ニューヨークという場所も、アメリカという国も、西暦が1980年代ということも地球上の人間が分割した歴史や地理区分は意味さえ分からないのだから、
ただひたすらそこでおこっていることを見ることになるのだろう。
そして、宇宙人同様、ワイズマンのカメラは、人間たちがやっていることにひたすら目をこらすのだ。

そこでは自分の写真を持ってうりこみにきている若い人間や、その顔に粉だのなんだのをふりかけて、照明をあてて、モデルたちにグレートだのプリティだの言いまくっているカメラマンたちがいる。
モデルの撮影というわかりきったことをやっているだけなのに、何がおこっているか、注視せざるを得ない緊迫感で画面が進む。

広告写真撮影のメークや撮影現場とはどういうものなんだい? 通りではパトカーや失業者もいるようだね。で、この社会で、いったち奴らはなにをしているんだい?
と、宇宙人であるワイズマンのカメラは、ひたすら観客に、画面をみつめさせる。

彼の映画は、彼自身が驚いて目を見張って見ている、その現実に観客をたちあわせてくれる。
フレデリック・ワイズマンの映画は、まさにこういう宇宙人的思考でなりたっているように思う。
(ワイズマン監督の写真を見ると、実際の監督も、あのヨーダのような宇宙の仙人というような雰囲気だと思うのは、気のせいか?)

「モデル」には、当時の超有名モデルや、時には草刈正雄とおぼしき日本人男性まで出てくるが、登場している人物を知っているか知らないかにかかわらず、
というより、登場する人物の肩書きをはぎとってしまって、その行為そのものを見せてしまうその画面には、これから何がおこるのか、という緊張がいつもみなぎっている。

同じ対象、同じ場面を他の映像作家がとっても、こうはならないのだろう。
ワイズマン監督はほとんどの映画をほぼ3人のクルーで作っているそうだ。だが手軽に撮ることと、安易に撮る事はまったく同じではない。彼は実際にできあがった作品の数倍、時には10倍近くにもなるラッシュを撮影し、撮影以上に時間をかけて、入念に自分で映像の編集作業をおこなう。
そこにワイズマン作品の秘密があるのかもしれない。

ワイズマン作品を見た後で、映画館からでてきて歩いた渋谷の町は、広大な宇宙のただ中にある思いがした。
最小限単位のクルーの生むワイズマン映画は、私たちが現実を見る驚異の目を復元させる力がある。

【会期】2009年9月12日(土)~25日(金) (全国順次)
【会場】ユーロスペース
http://www.eurospace.co.jp/few_days.html

主催:ユーロスペース/コミュニティシネマセンター
特別協力:Zipporah Films
協力(予定):特定非営利活動法人山形国際ドキュメンタリー映画祭/なみおかシネマテーク/弘前大学医学部/角川映画株式会社

詳細はウェブサイト(http://www.jc3.jp/)をご覧下さい。

関連上映
10月10日より、Bunkamura ル・シネマ他全国公開「パリ・オペラ座のすべて」
http://www.paris-opera.jp/


(フリーランス・ライター 山之内優子)

掲載写真:「モデル」(C)Oliver Kool

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2009/09/18 22:37

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