『正義のゆくえ』また新たな社会派群像劇が誕生
9月9日(水)、御茶ノ水で行われた『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』をテーマにしたシンポジウムに行って来た。
『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』はアメリカの移民問題と、移民における人権侵害問題について真っ向から描いた社会派ドラマである。I.C.E.とは移民・関税執行局のことで、9.11が契機となって発足された機関であり、恐らくこれは初めてこの実態を真っ向から描いた作品になる。
シンポジウムでは、世界の人権侵害問題についてサポートするアムネスティ・インターナショナル日本事務局長の寺中誠と、移民問題について幅広い活動を続けている国際移住機関IOMの橋本直子、弁護士の渡邉彰悟、ジャーナリストの蟹瀬誠一が出席し、日本における移民問題について、映画のシーンを引用しながら討論した。
寺中は「この映画を通して、いろいろな問題に苦悩している人もいるということを広めて欲しい」、橋本は「同じ人間としての友情を、この映画をきっかけとして築いて欲しい」、蟹瀬は「みなさんが外国人を受け入れることを声をあげて訴えて欲しい。この映画はそんな声の代表作になると思う」、渡邉は「外国人、日本人関係なく、実際に隣にいる人は守ろうとするし、友達のことは包み込むようになると思う。人権というのはそういうこと」と訴えた。
『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』は、僕も地味な映画かと思ってほとんどノーマークだったが、どんな映画でも一度は見てみるものである。僕自身は大満足。今年公開の映画としては最も硬派で、最も心を揺さぶられるアメリカ映画といえる。様々な移民たちの顛末を描く群像劇になっており、オバマが大統領になった今だからこそ見なければならない作品になっている。アメリカがおよそ抱えている移民事件を7つのエピソード(メキシコ系、イラン系、韓国系、オーストラリア系、イスラム系、ユダヤ系、アフリカ系)に振り分けて大きく網羅し、7つの物語が同時進行しながら、時には登場人物が交錯しながらラストへと突き進んで良くダイナミズムは群像劇の醍醐味。お涙頂戴を狙ったわけではないけれど、この作品に描かれる「人情」には自然と目から涙が出て来る。パンフレットを読んでみても、泣ける映画とはどこにも書いてないけれど、「感動のヒューマンドラマ」とでかでかと謳っている映画よりも遥かに泣ける一本じゃないかと思う。
舞台はロサンゼルス。『わが街』、『クラッシュ』など、アメリカ映画では「群像劇」とくれば、舞台によく選ばれる町である。様々な人種が暮らす町だからであろう。本作も『わが街』、『クラッシュ』に続く、社会派群像劇のあらたな傑作として記憶されるに違いない。
僕は10年以上前にロサンゼルスを歩いて旅したことがあるが、最も印象に残ったことはというと、白人がほとんどいなかったということ。最初の2日は白人に一人も会うことができず、不思議に思ったものである。どこのお店に入っても、町で見掛けるほとんどの人がヒスパニック系やアジア人、中東系らしき人たちだった。喫茶店やスーパーマーケットなど、色々な所で人に話し掛けられたけど、いつもスペイン語?で話し掛けられるものだからさっぱり意味がわからない。こっちが英語で道を聞いても、「英語は話せない」と言われてびっくりしたこともある。初めて白人を見たのは、二十歳くらいの学生で、カリフォルニア大学のキャンパスの中で見た人だった。映画には白人ばかり出て来るのに「全然映画と違うじゃないか!」と思ったものである。ちなみにロサンゼルスに暮らす人の70%以上は有色人種といわれている。この映画では、この人種のるつぼといえる町で起こった悲劇が描かれる。
出演者が豪華である。配役の采配がうまい。ハリソン・フォード、レイ・リオッタ、アシュレイ・ジャッド、ジム・スタージェス、クリフ・カーティス、アリシー・ブラガと、顔を見ればアッと思う出演者たちばかり。映画ファンなら思わずニヤリとくるマニアックなキャスティングである。
主演のハリソン・フォードは、最も重要な役ではあるが、あくまで登場人物の一人でしかない。移民局の捜査官の役で、全米に1100万人以上いるとされる不法滞在者を取り締まるのが仕事だ。「捜査官にも人情がある」というのがこの映画のテーマであり、そこからドラマが展開されていく。いったい何が正義なのか、真剣に考えさせる重厚かつシリアスな映画になっている。僕が一番感動したエピソードは、クリフ・カーティス演じる捜査官が、強盗に入った韓国人の青年を見逃すシーンである。捜査官にも人情がある。琴線にふれるシーンである。見終わった後も余韻を残す珠玉の一本である。(澤田英繁)
『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』は、ショウゲートの配給で、9月19日(土)ロードショー。
2009/09/11 3:25