森田芳光監督13年ぶりの新作、小雪の初主演作『わたし出すわ』
7月22日（水）、新宿にて、『わたし出すわ』の完成披露試写会があり、森田芳光監督(59)、小雪(32)、黒谷友香(33)、井坂俊哉(30)、山中崇(31)、小澤征悦(35)、小池栄子(28)が登壇した。
本作は、意外にも小雪にとっては初となる単独主演作品。さらに鬼才・森田芳光にとっては『（ハル）』以来13年ぶりとなるオリジナル作品である。このところ森田監督は原作ものやリメイクものが続いていたので、久しぶりに僕もオリジナルの新作を見てみたいと思っていたところだった。断じてポロリを期待していたわけではないが、このタイトルからして興味津々。この映画をこの場で批評する機会に恵まれたことを僕は嬉しく思う。完成披露試写にわざわざ招いてくれたアスミック・エース関係者に感謝したい。
この映画、見て損はない。傑作である。森田監督ともなると、さすがに展開が一筋縄ではいかず、僕自身は正直、映画を見ている時点では「そうきちゃうのか」と、どうしても納得したくない部分があった。見終わった後も、何やらさっぱりしない気分になったものだが、見終わってすぐに映画を評価するのは早すぎる。映画が面白くなるのは見終わってから。見ているその時よりも、次の日、ふと映画のことを思い出してみると、どんどん頭の中でストーリーが膨らんで映画が面白くなっていくのである。プロデューサーは「鑑賞後感」という言葉を使っているが、まさにこの映画の醍醐味は「鑑賞後感」ということになる。舞台挨拶でも小雪は「この映画を見て感じたこと、それがこの映画の醍醐味です」と話していた。
ストーリーは、小雪が高校時代の友人たちの夢を叶えるために大金を出すというもの。どこからそんな金がわいてくるのかよというくらい、おごりっぷりが尋常ではなく、そこがひとつの見どころではある。現実的な話だが、函館の町を箱庭のように小さく捉えたカメラの妙味なのか、なんだかどことなく夢のようなファンタジックな創造上の世界に思えてくる。広角の映像が多いので、映画館の大きな画面で見なければこのファンタジーは伝わらないかもしれない。
映画では説明はほとんど省かれている。真相については何も言わない。何も見せない。登場人物も基本的に嘘つきなので、セリフだけでは何が事実で何が嘘か断言できない。そこで、映画を見終わってから、お金の出どころはいったいなんだったのか？と色々と考えてしまう。それが株なのか魔法なのか妄想なのかニセ札なのか何なのか明確な答えはない。そうやって頭の中で補完していく作業がなかなか心地好い。あの人はどうしてああなったのか、あの人はその後どうなるのか。そんな様々なことを想像させるのである。
何より「もしも自分だったら」と考えさせるのが本作の肝ではないかと思う。映画を見終わった後は、言わば鑑賞者が主人公になる。もし僕がこんな大金をもらったら、多分人生破滅するだろうなあ云々。でもちょっとだけ良い夢を見させてもらった気分である。お金の価値はひとそれぞれ違うが、そもそもお金に興味がない人はいないから、この映画は人間の普遍のテーマに迫っているわけだ。お金の意味って何だっけ？ そして人生の意味とは？ そんなことを見つめてしまう鏡のような映画だ。やっぱりスゲエぜ森田監督。
舞台挨拶で森田監督は「銀行は土地を担保にしかお金を貸さない。その人の夢を考えずリスクを軽減しているところがあって、それが日本経済の嫌なこと。例えば人に500円の文庫本をあげるだけでもいい。人に何かをすることによって、その人が進化するんです」と話している。僕にとっては人生観が変わるコメントだった。
登場人物は小雪が32歳。他の俳優も平均年齢が32歳ということで、これは32歳の同級生の話だと思うが、僕自身も現在32歳で、しかもこの不況の年にすごいタイミングですごい映画を見せてもらったものである。6人それぞれの登場人物に感情移入の要素があったし、コミカルな笑いの中に32歳の人物像がよく描けていると思った。
舞台挨拶ではお金があったらどうするという興味深い質問もあった。小雪はケータリング会社の経営と大きく出たが、山中は「ダイソンの掃除機が欲しいです。吸引力が変わらないただ一つの掃除機です」と答え、会場は大爆笑だった。森田監督は「僕は不器用なので、ひとつのことしかできないから、そのお金で映画を作りたいです」と返答。その気持ち、すごくわかるな。（文章・写真：澤田英繁）
『わたし出すわ』はアスミック・エースの配給で、恵比寿ガーデンシネマ、新宿バルト9他にて、10月31日（土）より全国ロードショー。
2009/07/25 5:45
