ちょっと違う切り口の映画ニュースをお届けするウェブマガジン


ブラック・スワン

2010/アメリカ/20世紀フォックス映画/108分
出演:ナタリー・ポートマン ヴァンサン・カッセル ミラ・クニス バーバラ・ハーシー ウィノナ・ライダー 
監督:ダーレン・アロノフスキー
http://www.blackswan-movie.jp

偏差値:60.2 レビューを書く 読者レビュー(3)

純真と官能がせめぎ合う衝撃的な映像世界
それは誰も観たことのない「白鳥の湖」と、
禁断の変身願望に魅入られたバレリーナの物語

 「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」とともに、偉大なる作曲家チャイコフスキーの三大バレエのひとつに数えられる「白鳥の湖」。ご存じの通りこれは、悪魔の呪いによって白鳥に姿を変えられた乙女が、王子の真実の愛に救われるか否かという物語だ。ミッキー・ロークの復活作としても話題となった『レスラー』に続く鬼才ダーレン・アロノフスキーの待望の最新作は、まさしくこの不朽のバレエ作品「白鳥の湖」をモチーフにしながら、想像を絶する大胆なアイデアとの融合を試み、全く新しい前人未到の領域にまで高めた傑作、それが『ブラック・スワン』である。
 ニューヨーク・シティ・バレエ団に所属するニナは、人生のすべてをバレエに捧げた若き美貌の女性。そんなニナがバレエ団の新シーズンの幕開けを告げる公演「白鳥の湖」のプリマに抜擢された。念願叶ったニナは過酷なレッスンに没頭するが、純真な白鳥と邪悪な黒鳥をひとり2役で演じねばならないこの難役は、優等生タイプのニナにはあまりにもハードルの高い挑戦だった。究極の役作りを要求する芸術監督ルロイ、過剰なまでの愛を押しつけてくる元ダンサーの母親エリカ、さらに妖艶なライバル・ダンサー、リリーからのプレッシャーにさらされ、心身共に疲弊しきっていくニナ。やがて白鳥から黒鳥への完璧な変身を望むあまり、極度の混乱状態に陥ったニナは、現実と悪夢の狭間をさまよい、自らの心の闇に囚われていくのだった……。

女優としての限界に挑んだ過酷な役作りで孤独なアーティストの極限心理を体現したナタリー・ポートマンの入魂の演技

 アロノフスキー監督が長年温めてきたこのプロジェクトで追求したのは、バレエという芸術に全身全霊を捧げたヒロインの極限心理である。主人公ニナは白鳥を演じるために生まれてきたかのような繊細で可憐な女性だが、容姿も性格も対照的な黒鳥の魔性を表現する必要に迫られ、巨大な壁にぶち当たってしまう。そんなニナがたどる波乱に満ちた運命を通して、アーティストの欲望と孤独をスリリングに描出。さらに“白”から“黒”へのメタモルフォーゼという「白鳥の湖」の重要なエッセンスに着目し、人間に秘められた二面性、危うい変身願望、分身=もうひとりの自分といった神秘的なテーマを重ね合わせた驚くべきアイデアに、誰もが強烈に引きつけられることだろう。
 また『ブラック・スワン』は、ナタリー・ポートマンというリスクを恐れぬ冒険的な主演女優なくしては成立しない企画だった。少女時代にバレエを学んだ経験を持つポートマンは、白鳥の女王になりきるため身を削るような努力を重ねる劇中の主人公ニナさながらに、撮影前の10ヵ月間、連日5時間に及ぶハード・トレーニングを実施。心身の限界を踏み超えかねない役作りによってバレリーナ特有のしなやかな肉体を獲得し、全編に盛り込まれた舞踏シーンの大半を吹替なしで演じきった。同時に、ヒロインの複雑な内面のうねりを鬼気迫るリアリティで体現し、ゴールデン・グローブ主演女優賞など各映画賞に相次いでノミネートされるのも当然と思わせる入魂の演技で観る者を圧倒する。

鬼才ダーレン・アロノフスキーのもとに才気あふれるスタッフ&キャスト、そしてバレエ界のトップ・ダンサーが結集

 ニナの憧れと嫉妬心をかき立ててやまないミステリアスな新人ダンサー、リリーに扮したミラ・クニスの傑出した存在感は、本作の最大のサプライズのひとつだ。『ザ・ウォーカー』で脚光を浴びたウクライナ出身の新進女優が、まさに黒鳥のごとき危険な色香をまき散らして観る者を挑発。すでにハリウッドでは、2011年に大ブレイク必至と囁かれている注目株である。ニナを容赦なく追いつめるバレエ団の芸術監督ルロイには、2部構成の実録犯罪大作『ジャック・メスリーヌ フランスで社会の敵No.1と呼ばれた男』で絶賛されたヴァンサン・カッセル。過剰なまでの娘への愛に溺れる母親エリカを、二度のカンヌ国際映画祭女優賞に輝く名女優バーバラ・ハーシーが演じる。ニナの破滅的な未来を予感させるカリスマ的なプリマに扮したウィノナ・ライダーの登場シーンも、スクリーンに緊迫感をみなぎらせる。
 純真と官能、美と恐怖、現実と幻想が激しくせめぎ合う濃密な映像世界を構築したのは、アロノフスキー監督作品の常連スタッフであるマシュー・リバティーク(撮影監督)、クリント・マンセル(音楽)らの気鋭たち。またニューヨーク・シティ・バレエ団のスター・ダンサーであるベンジャミン・ミルピエが振付を担当するなど、バレエ界のプロフェッショナルの全面的なサポートにより、『ブラック・スワン』は並外れた独創性と臨場感を兼ね備えた一作となった。バレエ界の知られざる表と裏、人間の光と影を残酷なまでにあぶり出し、壮絶なカタルシスに満ちたクライマックスの「白鳥の湖」へと観る者を誘っていく。

2011年5月11日(水) TOHOシネマズシャンテほか全国拡大ロードショー