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お家(うち)をさがそう

Away We Go
2009/アメリカ/フェイス・トゥ・フェイス/98分
出演:ジョン・クラシンスキー マーヤ・ルドルフ カルメン・イジョゴ キャサリン・オハラ ジェフ・ダニエルズ アリソン・ジャネイ ジム・ガフィガン マギー・ギレンホール ジョシュ・ハミルトン クリス・メッシーナ メラニー・リンスキー ポール・シュナイダー 
監督:サム・メンデス

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『アメリカン・ビューティー』の名監督が自由に、軽やかに、そして心を込めて紡ぎ上げた珠玉のロードムービー

 舞台演出家としての輝かしいキャリアを引っさげて映画界に進出し、デビュー作『アメリカン・ビューティー』でいきなり作品賞、監督賞を含むアカデミー賞5部門を制したサム・メンデス監督。その後もトム・ハンクス主演のギャング映画『ロード・トゥ・パーディション』、湾岸戦争帰還兵の手記を映画化した『ジャーヘッド』という快作を連打したこの名匠は、レオナルド・ディカプリオ&ケイト・ウィンスレットの豪華共演による壮絶な夫婦の葛藤劇『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』でも絶賛を博し、今やハリウッドで最も次なる動向が注目される監督のひとりとなった。
 待望の長編第5作『お家をさがそう』は、そんな映画ファンの期待をポジティブな意味でするりと裏切ってみせるロードムービーだ。どこにでもいるごく普通の30代カップルを主人公にしたこの映画は、決してテーマも映像スタイルも斬新ではない。そればかりか、あらゆるディテールが緻密かつシャープに研ぎ澄まされていた過去4作品のどれともまったく趣の異なる、優しくて温かな一作に仕上がっている。
 『かいじゅうたちのいるところ』の脚本家デイヴ・エガーズが、ヴェンデラ・ヴィーダとともに執筆したオリジナル・ストーリーに感銘を受けたメンデス監督は、真新しい顔ぶれのスタッフ&キャストとの共同作業を志向。ハリウッドの制約を逃れるかのようにスタジオを飛び出して地方ロケを実施し、驚くほどみずみずしく軽やかで、親密な空気感に満ちた映画を撮り上げた。現在のアメリカの映画界では、ポール・トーマス・アンダーソン、コーエン兄弟、スティーヴン・ソダーバーグ、ジョナサン・デミ、ガス・ヴァン・サント、アン・リー、ダーレン・アロノフスキーといったトップクラスの著名監督たちがハリウッド・メジャーに執着せず、インディペンデント的な形態でオリジナリティあふれる映画作りを実践しているが、まさに『お家をさがそう』も彼らと同じ地平に立った作品と言える。その意味において、メンデス監督の“新たなデビュー作”と見なしても差し支えのない必見の1本なのだ。

出産という一大事を控える若きカップルが“お家さがし”の迷走の果てに見つけた大切な“幸せのありか”とは?

 コロラド州在住のバートとヴェローナの平穏な同棲生活に、予期せぬ転機が訪れた。それはヴェローナが子供を宿したというよくある話だったが、彼女が妊娠6ヵ月を迎えた頃、ふたりは重大な事実に気づく。もう30代半ばに差し掛かったというのに、自分たちの生活基盤が何ひとつ固まっていないことに! 幸いにも心から愛し合っているバートとヴェローナは、とりあえず“どこに我が家を構えるか”という最も基本的な問題の解決に取り組むことにした。かくしてコロラドを旅立ったふたりは、家庭作りの先輩であり、未来の隣人候補でもある友人&知人たちを訪ねて北米各地を転々とするのだが……。
 人生のパートナーと一緒に“我が家をさがす”という設定は、誰もが実際に経験しうるシチュエーション。しかしプラン通りに事が運ばないのが人生というわけで、バートとヴェローナの旅も迷走に次ぐ迷走を重ねてしまう。アリゾナ、ウィスコンシン、モントリオールなどの訪問先で彼らが目のあたりにするのは、個性が強烈すぎたり、ちょっと屈折した家族の多種多様なありよう。“理想の新天地”を発見するはずの旅の目的は、いつしか“幸せって何だろう?”という大問題へと発展し、バートとヴェローナは哀れなくらい滑稽に、真剣に悩み始める。絶妙なまでにコミカルなエピソードの連続なのに、笑うに笑えないとはまさしくこのこと。なぜならこの若きカップルを困らせる不安や畏れは、私たち観客がいともたやすく共有できる切実な感情なのだから!
 まるでバート&ヴェローナを演じるために生まれてきたかのように相性抜群の新進俳優ジョン・クラシンスキー&マーヤ・ルドルフを得たメンデス監督は、悪戦苦闘を繰り返す男女にとびきり素敵なエンディングを用意した。理想を高く掲げてあまりにも広い北米大陸に飛び出し、周りの出来事ばかりに気を取られていたふたりは、何よりも優先すべき大切なことを忘れていたのだ。この世でたったひとりのパートナーと寄り添い合う若き恋人たちが、ようやく真実に気づく旅の終着点の情景は、その澄みきった美しさともども観る者の心に染み渡るに違いない。
 また『お家をさがそう』に柔らかで清々しい風のような詩情を吹き込んだのは、音楽を手がけたアレクシ・マードックのアコースティック・ナンバーの数々である。映画監督とシンガー・ソングライターのコラボレーションという点では、『イントゥ・ザ・ワイルド』のショーン・ペン監督&エディ・ヴェダーに勝るとも劣らない成果をあげた珠玉作として、多くの観客に記憶されることだろう。

●ストーリー
 親友同士のような仲むつまじいカップル、バートとヴェローナにとって、それは思いがけないハプニングだった。想定外のタイミングで子供を授かり、妊娠6ヵ月目を迎えたヴェローナのお腹はすでにふっくら。バートはもうじき生まれてくる女の子をどう育てようかと、あれこれお気楽な空想をめぐらせていた。
 そんなある日、バートの風変わりな両親から「ベルギーに移り住むことにした」と突然告げられ、ふたりは困惑を隠せない。そもそも彼らが今住んでいるコロラド州に引っ越してきたのは、バートの両親が孫の誕生を喜び、何かと面倒を見てくれるだろうと見込んだからだ。コロラドに住み続ける理由をなくし、グチをこぼしながら帰宅したバートとヴェローナは、まだ生活の基盤を何ひとつ築けていない自分たちの現状に不安を抱き、理想の新天地を探す旅に出ることを決める。会社勤めをしているわけでもない彼らは“自由”の身であり、どこに住むかの選択肢も“無限”にあるのだから!

3月19日よりヒューマントラストシネマ渋谷他全国順次ロードショー