週刊シネママガジン映画監督(巨匠の歴史)ウィリアム・ウェルマン
ウィリアム・ウェルマン ウィリアム・ウェルマン

 1896年2月29日マサチューセッツ生まれ。第一次大戦中は空軍パイロットとして従軍。被弾して頭に傷を負う。1919年に映画界入り。27年「つばさ」の監督に抜擢され、戦争の経験を活かして同作を迫力ある戦争映画大作に作り上げ、第1回アカデミー賞最優秀作品賞受賞に導く。会社の重役や役者たちと衝突を重ね、ワイルド・ビルというあだ名で呼ばれた。75年死去。


 戦前の映画史において、広く知られているグリフィスやデミルと違い、ウェルマンの知名度といったら知る人ぞ知る程度であるが、実際のところ、グリフィスやデミルをぺーぺー作家とし、ウェルマンこそ戦前アメリカの最も偉大な監督であるとする批評家は少なくない。ウェルマンの作品のほとんどは第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に撮られたもので、当時のアメリカの社会色が作品にも反映されている。とくに「飢ゆるアメリカ」は、M・ルロイの「仮面の米国」と並び、アメリカの社会映画の最高傑作に位置づけられる名作である。残念ながら、日本では戦前の映画を積極的にビデオ化する会社が少ないので、ウォンツの高いグリフィスやデミルの作品だけがビデオ化されるも、ウェルマンの作品は見送られがちである。アイ・ヴィー・シーとジュネス企画が何本かビデオ化しているが、これは貴重な映像資料である。
 ウェルマンは戦前のハリウッド・スターを育て上げた最初の名匠でもある。グリフィスはL・ギッシュ一人しかスターに仕立て上げることはできなかったが、ウェルマンは大勢のスターを育成した。「民衆の敵」ではキャグニー、「母」ではスタンウィック、「つばさの天使」ではリチャード・バーセルメス、「飢ゆるアメリカ」ではロレッタ・ヤングを成功に導いた。戦前のハリウッド流エンタテインメントのスタイルは、M・カーチスとウェルマンの2人によって形作られたといっても過言ではない。ゆえに「スタア誕生」のような、スター主義に徹した作品のタッチも手慣れて鮮やかなものである。

つばさ 再び「つばさ」の話題に戻るが、第1回アカデミー賞を受賞したこの作品は、芸術的にも娯楽的にも優れており、奇しくもアカデミー賞の歴史でいまだにこれを超える作品賞は現れていない。サイレント映画であるが、空中戦の映像は今見ても臨場感があり、映画というエンターテイメントがなんたるかを改めて認識させる集大成である。特撮がなにも発展していない当時、同年の他作品と比較しても、あきらかに時代を先駆する一本だったことがわかる。映像も美しい。ウェルマンのカメラは、シンボリックなグリフィスの技法を、よりわかりやすくし、映像そのものだけでなく、ストーリーも引き立たせており、アメリカ映画ならではのカメラワークを独自に開発した。映画史におけるカメラの技法は、ソ連・ドイツに先を越されたと勘違いしている者もいるが、劇的効果のあるウェルマンの映像論は、アメリカ映画の技術こそ世界一たるものだと実証できるレベルである。その意味ではウェルマンはアメリカン・アートフィルムの陰の貢献者である。

 

23 男の中の男
23 豪傑ダン
26 猫の寝間着
26 女心を誰が知る
27 つばさ
28 空行かば
28 暗黒街の女
28 人生の乞食
29 支那町の夜
29 女性の罠
30 若き翼
31 民衆の敵
31 都会の世紀末
31 夜の看護婦
32 立上がる米国
32 母
32 天晴れウォング
33 つばさの天使
33 飢ゆるアメリカ
33 家なき少年群
33 真夜中の処女
34 電話新撰組
34 泰西侠盗傳
35 野性の叫び
36 小都会の女
36 ロビンフッドの復讐
37 スタア誕生
38 翼の人々
39 ボー・ジェスト
43 オックス・ボー事件
44 西部の王者
45 G・I・ジョウ
48 廃墟の群盗
48 鉄のカーテン
49 戦場
51 女群西部へ!
51 ミズーリ横断
53 男の叫び
54 紅の翼
55 中共脱出
58 特攻決死隊
2003年6月29日